名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和38年(わ)291号 決定 1964年7月14日
被告人 H・T(昭二二・五・二四生)
主文
本件を名古屋家庭裁判所岡崎支部に移送する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は少年であるが、
第一、昭和三八年八月○○日午後一時頃、被告人の姉婿○森○夫がその長女○森○子(昭和二九年一〇月二六日生)とその弟○一(当時五年)を伴い、妻の実家である愛知県西加茂郡○○町△△番地の被告人方を訪れた際、単身在宅する被告人に一時右子供らの面倒を託し、右○夫の実兄夫の養子先である近在の○村方に赴いたので、被告人は、旧家屋と別棟になつた新築家屋北東側四畳半の間で、前記○子、○一両名の相手となつて遊んでいるうち、同日午後二時頃に至り○子が同室北側の窓の敷居に腰を掛け、窓辺に座する被告人と秀一の頭や肩を両足で小突いていたずらするのを被告人がとがめて再三注意したが止めようとしないので、これに立腹した被告人は、○一をその場に残し○子を促して同家南側玄関横の四畳半の間に入り、その部屋の南側の出窓に腰を掛けた○子に対し「何故いうことを聞かんか」と厳しく叱責したが、なおも悪びれる風もなく足をばたつかせるシュミーズ姿の同女を見ているうち、にわかに劣情を催し、同女が未だ満一三歳に満たない女児であることを識りながら、同女の左側に身を寄せて腰掛け同女の肩を抱いて体を引付けると同時にその口に接吻しつつ右手を下着の中に差込み、腟内に手指を挿入して強いてわいせつの行為をなし、よつて同女に対し処女膜裂傷の傷害を与え
第二、右犯行直後、○子において「お父さん、お母さんにいつてやる」と言い残し、泣きながら玄関先に駈け出したのを見て被告人は前記わいせつ行為が姉夫婦に告げられ、ひいては被告人の実父に知れることを恐れ、同女を引止めて思いとどまらせるべくその後を追つたところ、同女は前記被告人方新築家屋の南東に隣接する旧家屋に駈け込み、土間より東側八畳の間に上り、なおも「お父さんにいうわ、お母さんにいうわ」と言いい烈しく泣き出すので、被告人はその泣声が他人の耳に入り不審がられ、或は○一に知られることを虞れ、泣き声を出させないようにするため、片手で同女の口を押え、片手で同女の頸を押えつけたが、同女はその場に座り込み、前にもまして大声で泣き叫び、腹ばいながら被告人の手から逃げようとするのを見て、唯一途に外聞をはばかる前記所為が露見するに至ることを怖れる余り、突嗟に同女を殺害しようと決意し、同日午後二時過頃、同室において、その奥八畳の間との間の敷居附近にあつたちりめん風呂敷(証第八号)を手にするや、腹這いになつた同女の左後方より右風呂敷を同女の頸部前方にまわし、その両端を頸部後方で交叉し、左右に強く引張つて締めつけ、同女を窒息仮死状態に陥らしめたうえ、その背後より同女の両脇腹に手を差し込んでだき抱え、同家の西南方通称○川(幅員約二、一〇米)川端までの間七〇米の距離を引ずるようにして運び、その水中に同女の体をずり落して水没せしめ、同所において間もなく同女を窒息死するに至らしめて殺害の目的を遂げ
たものである。
(証拠及該当法律)
以上の事実は本件各証拠によつて認めることができ、法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は刑法第一七六条後段、第一八一条に、判示第二の所為は同法第一九七条に該当する。
(保護処分を相当とする理由)
被告人は、肩書住居地において農業を営むかたわら、県土木出張所に勤務する実父H・U介と実母Y子の間の六人兄弟姉妹の末子として出生し、昭和三六年三月中学一年の末期、満一三才の折実母に死別するまで、少年の行状には何らの問題行動も見られれず素質的に恵まれた知能と明朗活発な性格とによつて学業成績は常に上位を占め、学級、クラブ活動、その他において指導性を発揮し、級友間にあつても信望厚く、家庭内にあつても両親の監護の不に、殊に実母は暖い愛情と深い関心を以つて被告人の養育に当り、家庭内に問題視される緊張、葛藤等もなく順調に成長し来つたものであるが、実母の病死を機として、被告人は、就中実母に対し強い親和感を抱き来つただけに、にわかに拠るべき精神的支柱を失い、年齢的にも感受性の強い年頃と相俟つてその心情に多大の衝撃を受け、加えるに実母死後の家庭は一家だんらんの暖い雰囲気を失い、被告人と生活を共にする実父、実兄Y雄、実姉M美等はいずれも昼間職場にあつて家を留守にし、日頃被告人に対する慈愛と関心に欠け勝ちで、これが被告人の日常生活に空虚感と寂寥感を齎らし情緒不安定を増大させ、昭和三八年四月県立○○業高等学校に進学したが、既に中学三年の頃より目立つて学習意欲の低下を来し、粗暴な振舞、喫煙等の不良的行為の発現を見その行状に著しい動揺の兆しを呈するに至つていた最中、本件犯行を惹起するに至つたものである。
本件は前判示のようにその罪質、犯行の態様極めて悪質且つ重大であり、これが法秩序並びに社会一般に与えた甚大な影響は無視し得ないところであり、殊に最愛の子女のいたいけな死に遭遇した両親の心痛は察して余りあり、この際被告人を刑事処分に付してその罪責を問うべきであるとも考えられるが、他面被告人が本件犯行時満一六歳三ヵ月の年少少年であつたことに加え、判示第一、第二の一連の犯罪行為の遂行過程において、判示第一のわいせつ行為自体がこれに続く以後の殺害の結果を発生するに至るまでの被告人の行為を動機付けた決定的な要因となつていることは被告人の罪責を考慮するうえにおいて重視されなければならない。すなわち、被告人は本件犯行前夜、中学校当時の同窓とともにキャンプに赴き夜を徹して遊び明し、その間に交わされた猥談によつて性的な関心を強められて帰宅した当日、判示のような経緯により、○子が自己の姪に当り、且つ未だ性的自覚に乏しい満九才の少女であることに気を許し、突嗟の間に判示第一のわいせつ行為に出たところ、同女より「お父さんお母さんに言つてやる」と告げられるに及んで、最早取返えしのつかない破廉恥な所為を犯しこれが同女を通じ自己の実姉夫婦ひいては平素道徳的要求の強い実父の耳に入り露見するに至ることに極度の畏怖心と警戒心を抱き、かかる心理的な危機場面に直面して、被告人の素質性格面における、自己顕示性の心情質徴標に著るしい偏倚が存し、平素その行動面に衝動的、即行的傾向が著るしく、その思考面においても自己中心性、固執性等の自己防禦的機制の顕著な性格特性によつて、いわゆる破局状態に陥り、意識の狭隘化を招来した結果冷静な判断力と情意統制力を失い、その時その場における衝動に駆られて行為した揚句、遂に貴重な生命を死に追いやる重大な結果を惹起するに至つたものである。以上のような本件事案の具体的特殊性を考慮するとき、かかる重大犯罪を誘発する可能性を内蔵する被告人の前記性格、思考行動傾向については強い矯正の必要を認めることができるけれども、被告人の判示第二の殺害行為を目して直ちにその強い反社会性の表現と見ることは、被告人が犯行当時満十六歳を漸く出たばかりで心神ともに未熟であり、且又未だかつて何らの非行歴も存しないことその他の平素の行状と併わせ考え、決して当を得たものではなく、更に判示第一のわいせつ行為自体も被告人の変態性欲その他精神素質面の欠陥に起因するものでもなく、肉体的精神的に不安定な思春期における衝動的な行為と認められ、本件犯行はその全体を通じ、単純に偶発的一過性の犯行と認めるのが相当である。
以上の諸事情に加え、被害者の両親は本件犯行が被告人の所為によるものであることを覚知して以来、唯ひたすら被告人の将来を憂えその更生のみを願い、捜査および審理の過程を通じて、被告人に対し寛大な処分を希求してやまない旨繰返えし宥恕の意を表示し、被告人にも未だ社会的不適応傾向や、非行性の固定化は認められず、知能行動面においてかなりの長所をも具有し可塑可能性に富むと認められること等その他諸般の事情を考慮し、被告人に対しては保護処分により自己の惹起した重大な結果に対し、社会的、道義的責任を強く自覚させるとともに、被告人の前記性格、行動思考面における偏倚を矯正し、将来有為な社会人として更生させることが相当と思料し少年法第五五条に則り本件を名古屋家庭裁判所岡崎支部に移送することとする。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 植村定一 裁判官 山下進 裁判官 名越昭彦)
編注 受移送家裁決定昭三九・八・七特別少年院送致